blog-chronicle 【ブロニクル】

ほとんど誰も読んでないブログ(笑)。

いまここでできること。

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一晩ぶっ通しで、コロナ関連のエントリを数本立て続けに書いてUPする。この投稿もそのうちのひとつか。

 

そうね、自宅にこもって出来ることといえば、ひたすらネットで情報発信するしかない。

 

いま、なにが自分にできるのか。ガラにもなくそんなことを考える。

 

まずは不要不急の外出を控えることでしょう。ま、他人に強制するつもりはないですが。

 

出歩く人たち、とくに若者がたたかれててちょっと気の毒な気がする。

 

とにかく、家にいてもできることを考えよう。

 

自分の場合だったらそうね、大量の未読本を消化したいね。

 

死ぬまでに読みきれるかどうか不安になってたところだったのでこの機会に。テレビの録画も溜まってるのでそれも消化したいね。

 

あとは部屋の中を片づけたい。オシャレな、生活感のない部屋をめざしたい(ムリムリ)。

 

これらはべつに自粛要請が出なくたって、やろうと思えばできることばかりなだけに、なぜいままであとまわしにしてたかなーと後悔の思いでいっぱいだ。老後の楽しみにとっておくつもりだったんだろうか。トシとったら本読む気力だってなくなってくるよ。

 

新作の映画や舞台がどんどん公開や上演を延期、中止している。テレビも番組制作に支障が出ているのか、むかしの再放送が目立ってきた。

 

いままでは流行の変化のサイクルが激しくて、追っかけるのに必死だったが、これをきっかけに少しゆったりしたペースに落ち着くんじゃないだろうか。

 

その道でメシを食ってる人には死活問題だが、たとえばかつての埋もれていた名作を掘り起こすとか、失われた文化の再発見みたいな方向にシフトできないか。

 

カミュの『ペスト』や小松左京のSF『復活の日』をはじめ、疫病をテーマにした文学や映画がこれまで多く発表されてきた。そのなかに今回の問題を解決する答えはないか。温故知新、先人に学べというではないか。

 

明日からも自宅にこもる日々だ。とはいえ気持ちは落ち着かず、読書もはかどらないんだけどね‥‥。

 

 

 

 

 

 

ふりだしに戻る。

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昨日から某コンビニで夜勤を始めた。

 

半年以上にわたってさまざまな職を転々としてきたが結局以前やってた職種に落ち着いた感じ。

 

まあ仕事はほぼ把握してるから未経験の職に飛び込むよりはぜんぜんハードル低いが。

 

お店にしても即戦力の人材は歓迎だろう。

 

昼間のライターも続けてるけどこのご時勢で仕事は途切れがち。先月は決まってた仕事がすべてキャンセルで、ほぼ開店休業状態だった。

 

ま、月に書く原稿も数本程度だし、メインの収入は今度始めた夜勤のほうになるだろう。

 

正直いってコンビニの店員なんてそれほどやりたい仕事でもない。前の店をやめたときにも少しほっとしたくらいだ。

 

だけどこのご時勢だ。いろいろぜいたくは言ってられない。感染拡大が始まる前からほとんど無収入の状態が続いてたし。

 

というわけでおよそ1年ぶりのコンビニ復帰。

 

昨日が初仕事だったが、やってるうちにいろいろ思い出してきて、1年のブランクなんかまるでなかったみたいに店に馴染んでしまった。

 

コンビニの店舗というのはどこでも同じ造りになっている。なので店が代わってもそれまでと同じように働きだすことができる。レジが新しい型になってたりとか多少の変化はあるけど。

 

レジに立ちながら店の中を眺める。初出勤にもかかわらず目に入るのはすっかり見馴れた風景だ。

 

この1年あまりの月日なんかまるでなかったみたい。タイムスリップして過去に戻ってきたような錯覚に陥った。

 

まあ、とりあえずひと安心というとこかな。

 

 

投稿サイトはじめた。

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新年度を迎えたせいか、新しいことを始めたくなってムズムズしてきたみたいだ。

 

昨日、ツイッターか何かで新たな小説投稿サイトの存在を知って、深い考えもなく登録してしまった。

 

ついに投稿サイト作家デビューだ!

 

正確にいえば投稿サイト利用は初めてではない。とにかくなんでも一応は手を出す性格なので、あの「なろう」にも「カクヨム」にも登録した過去がある。しかしなんといっても熱しやすく冷めやすい性格ゆえ、二、三度アップしたらもう投げ出してしまった。

 

考えてみりゃ普通の小説すら最後まで書き上げられないんだから、定期的に更新しなきゃ読者が増えない投稿サイトなんて向いてないよな。

 

しかもベテランの域になると、どの時間帯にUPすればPV稼げるかとか、シビアに計算を重ねた末に発表しているとのことだ。

 

こうなってくると、ちょっと自分の書きたいものと変わってくるような気もする。UPのタイミングが小説の良し悪しを決定づけてしまう世界。

 

どうも自分には向いてない。

 

なろう系作家の世界は競争がすさまじい世界だ。「向いてない」なんて甘いこと言ってる奴はお呼びじゃない、そのかわり一生プロなんかなれないよ、というのが彼らのホンネだろう。

 

そんな厳しい世界に、ふたたび乗り込んでいく。

 

といってもサイトからプロデビューなんて僕は考えてない。あくまでもお遊びみたいなものだ。

 

自分の書くものが昨今の「なろう系小説」好きの層にウケるとはとても思えない。

 

じゃなんでわざわざ‥‥と問われれば、やはりモチベーションを維持してくためだろう。

 

陽の目を見るあてもない作品をひたすら書き続けるのはしんどいことだ。しかも読んでもらえなければ自作の欠点を指摘してもらえることもない。

 

PVが低ければ低いなりに、いったい自分の小説のどこが悪いのだろうと試行錯誤することもあるだろう。1人で書いてて一番不安なのは、自分の書いたものがいいのかどうか、自分でも分からなくなる瞬間だ。まさにドツボにハマって抜けなくなった感じ。

 

ネット上でもあいも変わらず孤立無援状態かもしれない。それならそれで孤立に耐えうる強さを養いたい。

 

ちなみに新しく参加した投稿サービスは「ステキブンゲイ』といいます。まだスタートしたばかりらしいので皆さんも応援よろしく!

沈黙の春。

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なんか今回は、自分が経験してきた中でも最大の危機という感じがする。

 

ちょっともう人類の手に負えないんじゃないか、みたいな‥‥。

 

もしかしたら今度こそは、意外にあっけなく世界は終末を迎えるかもしれない。

 

先の見えない3月が過ぎて4月が来た。

 

季節は春。けれど花見のにぎわいもなく、街からは人の姿が消え、みな自宅でひっそりと過ごしている。

 

これが沈黙の春というやつか。

 

むかしよくあったSF小説みたいだ。核戦争か何かで地球が汚染され、人類は巨大なシェルターの中で暮らしてる、みたいなやつ。

 

空想物語だとタカをくくってたけど、いまは自分がその話の登場人物になったような気がしてくる。

 

沈黙の春。いや、人類の長い冬の始まりかもしれない。

 

こんなときにまだ、金を儲けようとか社会の頂点にのし上がろうとか、私利私欲にはしってる人々もいる。それもなんだかB級SFめいている。

 

最後まで生き残った人間が人類滅亡までの記録を書き残し続けるように、自分もこのどうでもいい日常をインターネットというアーカイブに記しておこう。

 

滅亡を前にした人類のささやかな記録となれば、こんな独り言みたいなブログも少しは意味があるかもしれない。

 

誇大妄想に終わればいいんだけどね‥‥。

 

平凡な幸せ。

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3月11日。

 

これってたいしたこともできなかった1日だった。

 

まあコロナも猛威をふるってるし、9年前に東日本大震災が発生した日でもあるので、今日はじみーーに、平凡な幸せというやつに感謝して一日を過ごした方がいいだろう。ガラじゃないけど。

 

平凡な幸せ、ケッ‥‥というタイプの人間ではあったが、年をとったせいか、この日常に対して少しは肯定的に受け取れるようになったみたいだ。

 

テレビも新聞も、3.11関連の話題でもちきりだ。こんなのも今日1日だけだろう。あの日を忘れない、とか。そんなのギマンじゃん、て。

 

などと思いつつ、自分も定期的に原稿を書いてる某サイトさんに震災をネタに一本書いてしまった。しかも、昔書いた文章の焼き直し。

 

ま、忘れちゃいけないこともあるよな。何度でも繰り返さなきゃいけないことだってあるよな。マンネリとか言われようと。

 

はたしてこの日常の平凡さ、退屈さ、何も起こらなさはイコール幸せ、ととらえてしまっていいものだろうか。

 

そりゃ大災害で死んだり全財産を失ったり、疫病にかかって苦しむよりは全然マシかもしれないけどさ。

 

この日常に安住していていいものなのか。

 

何もしないうちに、何も起きないうちにこの人生終わってしまいそうだ。

 

ま、行動する準備はいつだってできてる。

 

行動しても成果がなく、無為に終わることが多いんだけど‥‥。

 

 

 

足、故障。

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先月から左足の痛みが続いている。

 

足の付け根からふくらはぎにかけてほぼ全体。つま先には痺れもある。

 

ほっといて治ることを期待しつつしばらく過ごしていたが、痛みがひどくなり、仕事どころかふだんの生活にも支障が出るので

 

整形外科へ行ったところ神経痛と診断された。

 

先生が僕の足をもみながら(かなり痛かった)「あー、そうとう変形してますねー」

 

骨の変形、これは加齢でどうしようもないものなのだろう。

 

入院や手術が一番の心配だったがとりあえずその必要はないようだ。

 

1日3回食後の飲み薬をもらい、温めや牽引などのリハビリを受けた。

 

牽引の機械はマシンジムの機械に似ていて、座って体をベルトで固定すると、椅子が90度上を向く。腰が引っ張られ、ふくらはぎがもみほぐされる。これは気持ちがいい。

 

「時間があいてる時でいいので、週に2、3回来てください」と言われた。

 

ということで、ひたすら安静の日々が続いている。

 

ネットで調べてみると、どうやら坐骨神経痛というやつに症状が該当する。

 

椅子に座ってるのも痛むので、ほぼ1日うつ伏せに伏せっている。外出することもだいぶ減った。

 

コロナウイルスの影響で世間全体が仕事や学校を休まなきゃならないご時世で助かった。これが世間の人たちがみな表に出てバリバリ活動していたら精神的にキツかったろう。

 

時間はいくらでもあるので、まめにブログ書こう。

 

卒業式。

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世間がコロナウイルスで大変なことになっている。

 

これまでの経過を見てきて、

 

もしかしたらこれは、東日本大震災以来の大ごとに発展するんじゃないかと懸念していたが

 

どうやらそれが現実になりそうだ。

 

きのう(2/28)、ついに政府が全国の小中学校に対しいっせいに休校を要請した。

 

4月まで、まるまる3学期がすっ飛ぶ格好。これには度肝を抜いた。

 

一部の子どもたちは学校が休みになって喜んでるかもしれない。

 

可哀想なのは卒業式を控えていた最上級生たちで、心の準備もないままいきなり学校生活が終了を迎えてしまった。

 

ま、自分のときなんかも卒業式といえば、うんざりするほど予行演習を繰り返しやらされた思い出しか残ってなくて

 

卒業生代表が大声で「今日、私たちは卒業します」

 

と言うと、それに合わせて他の生徒が「卒業します!」

 

代表が「先生がた、ありがとうございました」

 

と言うと、みんなが「ありがとうございました!」

 

みたいな感じで、なんだか偽善めいた印象しかないんだけど。

 

しかし、国のエラい人の一言でこんなに簡単に学校が休みになってしまうということは、

 

学校ってどうしても行かなきゃならない場所でもないんだなってことが、もう政府公認で認められてしまったようなもので

 

毎日憂鬱な気分で通学してた自分たちはなんなんだろうと思ってしまう。

 

極端なはなし、これなら不登校や引きこもりだって全然OKじゃないか。

 

いま、外では感染の危険が叫ばれている。

 

こうなったら大人も子どもも引きこもろう!